宿題代行はおかしい、メルカリなど大手フリマサイトが宿題の出品を禁止

宿題代行自体は以前よりありますが、フリマサイトを通じて「読書感想文」や「作文」などの出品が目立ってきていました。

そこで、文部科学省が今月、「メルカリ」「楽天」「ヤフー」に出品禁止を打診してそれに3社が応じたとのことです。

ですから、個人や企業(あるか?)が提供する宿題代行サービス自体はスルーです。

宿題代行はおかしいです。私も反対の立場。

お金で楽をするお手本を見せるよりも、子どもを守るために親が行動する(代わりにやる)姿を見せてほしいと思っています。

でも、学力向上に繋がらない、くだらない宿題が多すぎる。

子どもが本当に必要なことを学ぶ時間と機会を奪う。

そういう議論になっていって欲しいと思います。

 
 
 

 

本当の家庭学習こそ必須です。

先日、赤平市内の小学校の通信をいただきました。 それによると、赤平の子達は、家庭学習の時間が、全国平均より短いとか・・・ ん?たしか、フィンランドでは、宿題がないとか・・・ ということは、赤平市は、日本で最も先進的な教育をしているのでは? というロジックには問題がありますね。 そもそも、家庭学習と宿題は同じものではないもんね。 ただ、日本の「家庭学習」が、学力とか、宿題とか、「学校が求める勉強」をしてる時間だけで 考えてしまう大人が少なくないのは心配です。 僕が小学生の頃は、家に帰ったら、だいたい、 紙切りしてるか、絵を描いてるか、ねんどで遊んでるか、 ブロックで遊んでるか、図鑑を読んでいるか・・・でした。 アニメもたまにしかやっていなかったし、そもそもテレビゲームがありませんでした。 で、家に帰る前はどうしてるかというと、学校のグラウンドで日が暮れるまで遊んでました。 自転車でベンハーのような競争をして血だらけになったり、 陣取りをして血だらけになったり・・・ で、それらから、僕は多くを学びました。 ものを作ったり、工夫したりもおぼえたし、怪我の手当の仕方も学びました。 仲間と、人数にあわせてルールを作ったり変えたりして、遊びを作ることも学びました。 それは、いま、大人になって、すごく僕を支えてくれています。 いまの子ども達は、僕の目から見ると、確かに家庭学習が足りない感じがします。 ちなみに、僕の定義する家庭学習とは「主体的に自分が行動して得る学び」です。 誰かに与えられたり、指示されたりするのは、主体的な学びより、効率が悪いです。 また、容易にできる単純な反射やルーチンの速度が求められるだけのゲームなどは、 時間に対する学びの効率がものすごく低いように思います。 (僕が大好きなグランツーリスモは、修練すると上手になるし、特に、新しいグランツーリスモスポーツでは、相手の車にぶつけないことをすごく意識するようになります。極限状態の車の運動を実際に学ぶのは危険です。グランツーリスモ等のような、ドライビングシミュレーターは、学習支援装置として、かなり興味深いと思います。今後、VRによって、職場体験や、就労体験などもシミュレーションゲーム化できるかも。パワハラ上司のこなしかたとか、嫌な先輩との関わり方とかを、バーチャルに体験できたら、実社会で強い人になれるかも。嫌な上司が現れた!昇竜拳!) でも、子ども達は、主体的に学ぼうとすると、「うるさい!」「遊んでないで宿題やりなさい!」と怒られます。 主体的に学ぶために、工作などしようものなら、「ちらかすんじゃない!」と怒られます。 とりあえず、ゲームならば、まわりも散らかさないし、静かだし、最も問題が少ないです。 これでは、主体的に学べるはずがないです。 東京に行くと、電車の中で、全員がスマホを見ています。かなりの人が画面をかなりの速度でさわっています。よくよく見ると、ゲームをしています。 中には、降りる駅を乗り過ごして慌てている人もいます。 趣味がない、という大人も沢山います。 しかも、そのわずかな趣味さえも、お金を払ってサービスを受けることになってしまってる人もいます。 大学生で、読書時間ゼロという人が半分を超えた、なんてニュースも見ました。 そりゃひどいな、という大人の中にも、読書時間がほとんど無い人がいます。 子どもに、家庭学習をしろといいつつも、大人は学習しているのか? 「いや、そんな暇がない」「そんな余裕がない」 といういいわけはよくききます。 でも、いまや、中学生や高校生のほうが、大人より部活と勉強で忙しいです。 そんな彼らが、主体的に学ぶ時間をとれるでしょうか? そもそも、主体的に学ぶことが、家庭学習と認められていないのでは? これでは、主体的に学べる人が増えるわけがないです。 ということは、国力は低下します。 僕は、学校の言うところの、学力が低くてもぜんぜんかまわないと思っています。 学校の言うところの、家庭学習をしなくてもいいと思っています。 しかし、主体的に学ぶことは、どんどんするべきです。しないとまずいです。 それは「主体的に遊ぶ」です。 昔は、「子どもは遊ぶのが仕事だ」なんていう名言もありましたが、それももう、 久しく聞かなくなりました。 大人が楽しく主体的に遊んでいないから、子どもも学びようがありません。 子どもに、正しい家庭学習をしてほしかったら、 大人が、正しく遊ぶべきです。主体的に遊ぶべきです。 そして、「いやー、勉強になるな−!」「学ぶって楽しい!」を全身で表すべきです。 学ぶことの喜びを、子ども達に伝えるべきです。 そういう意味でも、先生が忙しすぎるのは、亡国レベルの危険度です。 先生こそ、人生を楽しんでみせるべきだと思います。 て書くと、そんなの、お金が無いと無理。余裕がないと無理。 と思う人も沢山いるだろうなと思いますが・・・ ま、それについては、後日。  

引用元:https://ameblo.jp/nyg1t10/entry-12400798494.html

 

 

 

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